都心・安い・自分仕様
コーポラティブハウスの魅力
「階段話」
(株)アーキネット代表 織山 和久
階段は二足歩行であるヒトを昇降しやすくした偉大な発明品です。
でもなぜか現代では階段は厄介者として扱われています。
分譲マンションでは、プランのほとんどがフラットで、メゾネットは企画段階から避けられています。そして昇降手段はエレベーターで、階段は外部の避難用でしかありません。
戸建てでも、階段は奥の暗い場所に追いやられて、厄介な昇り降りの場でしかない例も見受けられます。
また、バリアフリーの旗印の下、「お年寄りには昇り降りが大変」という理由で階段は排除されがちです。残されても、手すりやスロープなど様々なツールを背負わされます。
本当ならば、良く出来た階段は毎日の生活を楽しく、健やかにしてくれるものです。
第1の理由として「視界の変化」です。
アイカメラを用いた歩行実験*1では、階段を上るにつれて、注視が下から上へと段階的に移動することは各人に共通です。上った先に風景が広がれば前に、壁面に装飾や階段に折り返しがあれば横に、注視が集中します。
「長いトンネルを抜けるとそこは雪国であった」ではないですが、階段を上る動きの中で自然に視点が動き、気持ち良いものが視野に入ってくるわけです。
そこで重要になってくるのが階段のつくり方です。
心理評価の実験*2によると、
L 字形 →「開放感がある」
底部の大きなT 字型 →「安定感がある」
螺旋型 →「上昇感」「浮遊感」
のように、感じる気分もそれぞれ違います。
ちなみにミニ戸建てによく採用されるU 字型ではあまり「開放感」がありません。さらに大空間*3になると、スケール感がある階段(新国立劇場)では「気分の高揚感がある」、途中で向きが変わる階段(福岡大学)は「変化がある」といった深い印象も与えます。
もともと階段は、ひと息つける玄関とのびやかな居間、にぎやかなダイニングと落ち着いた居室、と性格の異なる空間同士をつないで、気分を転換させる間になります。そこで開放感を味わうのか、閉塞感を味わうのか、では毎日の気分が随分違ってくるでしょう。
第2の理由として「人を健康にする」が挙げられます。
とかく階段をみると「年を取ったときに大変」という感想をもたれがちですが、それは偏見です。
家庭内における不慮の救急事故*4の73.0%は居室で発生しているのに対し、階段は7.7%です。重症以上でみると、用心しているからでしょうか、階段の事故の比率は4.8%とさらに下がります。この居室の事故のほとんどが転倒、つまり足先がおぼつかなくなって特に障害物もないのに転ぶという事故なのです。これを防ぐには、足先がリズミカルに上がる運動を日頃から心がけることです。住まいに階段があれば日常的に昇り降りして、大腰筋やふとももの筋肉が使われます。衰える前に気づくきっかけにもなります。
「階段が大変」というより、「階段が大変になったら大変」というのが本当です。
このように検討すると、階段を厄介もの扱いするのは、幽霊や妖怪のようにある種の迷信や怪談の類とも思われます。
よく出来た階段は、視界を豊かに広げ、気分を転換して、毎日を楽しくしてくれます。
その上、足腰にもいいのですから、住まいづくりの中でもっと大事にしたいものです。
*1 |
平野麻衣子・植村麻衣・鈴木利友・岡崎甚幸「階段歩行時の注視行動の比較」2008 |
*2 |
森朋子・蔡成浩・嘉納成男「階段を事例とした情報収集の方法と分析」2005 |
*3 |
猪俣雄一・積田洋・浦部智義・中山誠健・元田草太「建築空間における階段・スロープの研究」2007-8 |
*4 |
東京消防庁「家庭内における不慮の救急事故」平成13 年中 |
筆者プロフィール
株式会社アーキネット代表。土地・住宅制度の政策立案、不動産の開発・企画等を手掛け、創業時からインターネット利用のコーポラティブハウスの企画・運営に取組む。著書に「建設・不動産ビジネスのマーケティング戦略」(ダイヤモンド社)他。